La cena del diavolo.

PM 4:00  Un posatoio.(ねぐら)

 

じりりりりりぃん。

じりりりりりりりりりぃん。

西日が黒鉄に縁取られた装飾窓から一斉に差し込んで、その部屋に己の死に際を知らせていた。

死にかけの太陽が上げる断末魔の黄金光に、舞う埃がきらきらと輝き、震える空気に揺らされる。

無粋な電子音は味気ないと、ザンザスの執務室に備え付けられた電話機は性能から言えば今では間違いなく、悪い意味で骨董品扱いされる年代物だった。

それでも拘った価値は充分にある。

時代はずれの金属音はよく響いたが音程は低く、耳障りが良いので神経を引っ掻いたりはしない。箱の中身は常に緻密な整備を心懸けているので、雑音が混じるということもない。

機能よりも装飾性を重視したアンティークは手間暇は掛かるが、煩わしい会話に苛まれる神経質な男が、ぎりぎりまで柔らかさに触れていられるのなら、それでいい。

「プロント?」

不在の主に代わり、耳に届いたコールに秘書室のような役割を果たしている隣室から姿を現したスクアーロは受話器を取る。

自分で事足りるならばザンザスにまで回さずにおこうと考えている既に中年と呼ばれる筈の男は、差し掛かった年齢に反してそこらの少女にも負けない張りのある美しい麗質を保っていた。

「よお、綱吉」

聴覚を刺激した無碍には出来ない相手の声に、スクアーロは重厚なマホガニーの執務机に寄りかかるように腰を下ろす。電話機本体を取り上げて膝の上に乗せると、彼は昔の光沢のある黒革とは違う、白いラム革の手袋を纏わせた左手でデコラティブな台形を支えた。とろりと光を反射させる飴色の木肌に、つや消しのくすんだ黄金で蔦模様の象嵌を施しているそれは、日暮れに黄味を増している。

「ああ、ボスならちょうど席外してるぜ。・・・ん、や。すぐ戻ってくる。生理現象っやつだぁ」

低く笑った男は、当てた細い柄の受話器を首を傾げるようにして固定すると、それを覆うようにふわりと緩やかに流れる銀髪を、素肌を晒した細長い手指で耳殻に掻き上げる。

「ああ、こっちは変わりないぜ。そっちはなにかと姦しそうだなぁ」

切り揃えられていた前髪を伸ばし、サイドに寄せるようになってから一層顕わにされた鋭角的な美貌は、無邪気さを覗かせながら酷く色めいて蠱惑が滴たる。整ったその白色人種にしても過ぎるほど白い面が、やはり室内同様黄金に染まっていた。その彫像のようでさえある姿に、それでも何処かしら冷ややかな銀色が垣間見える。

ふ、とクリスタルガラスをふんだんに使用したシャンデリアのぶら下がる天井に向けられていたその顔が戸口を振り向き、今までの気安く朗らかな会話が嘘のように静かに突き放したような声を発した。

「帰ってきたから、かわるぜぇ」

未練なくあまりにもあっさりと受話器を外した男は、真鍮のドアノブを押して戻ってきた赤眼の偉丈夫にそれを差し出した。

「ボス、綱吉からだ」

一瞬不快そうに眉を顰めたザンザスはすぐには受け取らず無言で自席に付き、己の目の色と同じ真紅をした天鵞絨に躰を預けてからようやく手を伸ばした。

机と一揃いになった椅子に落ち着いたザンザスから見て左側の机上に横座りなったスクアーロは、その手に受話器を渡したが、ともすれば置物にも見えるそれを膝に乗せたまま、動こうとはしない。

本体と受話器がコードで繋がっているレトロさである。普通ならば電話機を下ろし通話する人物の前に置くのだろうが、両者ともに求めることなく会話は始まった。

「なんだ・・・・ああ?」

最愛の主の顔が見易いように僅かに身体の向きを変えたスクアーロは、開いた膝の間に底端を掬うようにして瀟洒なフォルムの箱を持ち直す。そのまま彼は気負った様子もなく組織の長同士の対談を聞いている。

ザンザスは男の背から落ちる薄い金色に染まった長い銀髪に触れ、手に絡めると質感を確かめるように指の腹で撫でたりと弄んでは無聊を慰めていた。

「・・・・・・・それだけか?・・・・・・いや?文句はねぇ。てめぇがボンゴレだ、好きにしやがれ」

面白がるように揶揄する科白に、スクアーロは遊び甲斐がある要請なのかと期待を抱いた。同時にそれほど機嫌を悪くしていない主君が嬉しく、酷く楽しくなってきた剣士は机上に積まれた数センチ程の書類に左手を着いて、見下ろしていた少し眺めの黒髪が掛かる顔に頬を寄せた。

近付く白い面にザンザスは柔らかな銀髪を離し、スクアーロの尖って細い頤を擽ってやる。

少し不満そうに、だが、まあいいかと妥協したように銀色はちろりと赤い舌をだし、時折唇まで這わされる指先を舐めた。

「ああ、ああ、そうだ。やり方はこっちで適当に決めちまって構わねぇんだろ?・・・チャオ」

別れが届くか届かないかの内に、スクアーロの手がフックに掛かり、通話を断ち切った。

ザンザスの手は受話器を放りだし、再び銀糸を捉えてむしり取ろうとでもするように乱暴に引き寄せる。

男の肩に痩腕が掛かるより早く、冷たい柔らかな薄い肉に、体温の高い肉厚の口唇が租借するように合わされた。そうされたスクアーロは、むしろ己こそが舌をねじ込まんとでもいうように躊躇うことなく門扉を開き、ザンザスを口腔に引き入れる。

粘性を帯びながらざらついた舌の表面を擦りあわせ、口蓋をなぞり、互いに絡みあわせ吸い上げる。

「ん、は」

一番弱い奥歯の歯茎付近、舌の根本をぐちゅりと突かれたスクアーロから鼻に掛かったような、発情期に入った雌猫特有の甘ったるい声が上がる。

膚を紅潮させる相手を一旦離し、愉悦を滲ませる銀の虹彩に己の赤を映して、ザンザスは凶悪に笑った。

「スクアーロ」

その悪辣なまでに滴る雄の色気。背筋にぞくぞく来るほどに発散される殺気とはまた違う、闘争の気配。

たまらなく刺激的なそれらを眼前に並べられているのに、待つことを強要された銀色の鮫はもどかしさに舌をもつらせ、兇猛に双眸をぎらつかせる。

「ボス、ザンザス」

顎門に銜えた獲物が逃れるを許すまいと、鮫は今度こそ強健な肩を爪を立てるように鷲掴んだ。

ぎりぎりと貪欲さを表し力の籠もる両手を咎めることなく、寧ろ心地良いものと甘受しながらも、もう一時それを押しとどめ、剣の主は灼熱に冷徹を帯びて宣告した。

「狩るぞ」

それに、喜色も顕わにスクアーロは獰猛に歯を剥き出して笑う。

下品な笑みだ。

優雅さとは程遠く、出が知れる。

綺麗な顔が台無しだと人は言うが、これが一番スクアーロらしく、ザンザスはこの顔が好きだ。

 

「ザンザス」

 

再びの招く声に抗わず引き寄せられ、男はまた牙を隠す濡れた柔肉に噛み付いた。

 

夕暮れにもたらされた一報。

夜に生きる狂った獣達は、迎える飽食の時間への期待に、歓喜に喉咽を震わせた。

 

 

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